稍ゝおも

ややおもしろく、ややおもたく、jajaのJa,Ja,おもうこと

香港インディペンデント映画祭

3ヶ月間放置してました。すみません。もう今年も半分を過ぎているではないか・・コロナ禍に盗まれた日々が続き、入りがえらい早かった梅雨が続き・・。

何かあったとき殺される可能性のある医療崩壊の大阪で、酒は出さないの飲み会ダメだの市民生活は不便を強いられる一方、政府・政商は金儲けだけの機会は逃さんぞとばかりにオリンピックは絶対やるとか言ってるんだもんね。中止の民意が踏み躙られて、こんなもん民主国家と言えるのか? 嫌なのは開いてしまえばマスコミ総動員で「感動のメダルラッシュ」を盛り上げて、民意すっかりそれに騙され、きっと起こるに決まってる感染拡大の方は過小評価され、自民党がまた勝ってしまうこと・・この国に住むのが嫌んなる・・。

コロナ禍に盗まれたこの2年間は下手したら世界中で民主主義の敗北する年になるのでは?という危機感もあります。

その代表的な場所が「香港」なのですが・・。

て、ようやく今日書きたいことが出てきた。

いま大阪はシネ・ヌーヴォ、京都は出町座でやってる「香港インディペンデント映画祭」。関西の人は必ず駆けつけましょう!そして東京でもなんとか開いてください!

jphkindie.wixsite.com昨日見た2019年の民主化闘争を記録したドキュメンタリー作品群は圧倒的でした。

特に香港理工大学での闘争を記録した『理大囲城』(理大圍城)。撮影者もまた理工大の中に閉じ込められ、そこにいる人々を間近で記録する。急進派、穏健派、巻き込まれた?人々、一人一人の声や動きや身体、そこでそうあるしかなかった一人一人のそのありようがジンジン伝わってきて、素晴らしい作品でした。

また明日続き書きます。今日はとりあえず

大阪アジアン映画祭と京都エクスペリメント

ツイッターの方で「ブログに書く」と宣言しておいて、昨夜は帰宅したらすぐ残りものでパスタ作ってまず赤ワイン、それから作り置きの粕汁をあてに日本酒、といつもの飲みパターン(見さしになってたアマプラの映画や録画してた番組など見ながら)にはまってしまい、書く気力を喪いました。て、いつもこうやな。このパターンなんとかしないと、ブログに限らず「書く時間」というのを確保できなくなる。…いかん!

で、昨夜書きたかったこと改めて書きます。

まず大阪アジアン映画祭。いつも熱心な(特徴ある)観客が集まる映画祭でわたしの映画友達の中にもほぼ全部を見る熱心なファンも、東京から駆けつけるファンもいるけど、わたしはそこまで熱心ではないがスケジュールの許す限り、またチケットの取れる限り、見に行くつもりにしています。去年はコロナ禍(緊急事態宣言前)で開催が危ぶまれたけど、なんてことなく開催、今年はやはりコロナ禍続いてそもそも作品が集まるか危ぶまれたけど、ちゃんと開催。最強やな。ゲストの招聘などはできないけどそれは仕方ないか。

昨日が初日で、わたしにとっての一本目が『ナディア、バタフライ』Nadia, Butterfly (2020) Pascal Plante フランス系カナダの映画で、これがなんでアジアン映画祭に?と思うと、舞台がほぼ2020年に開催されたという体の東京オリンピックの東京なのね。実際に東京ロケしてるんだけど、2019年夏に撮影とあり、映ってる人みんなマスクなんてしてない。このあと新型コロナウィルスの猖獗があり、ほんまに幻となってしまった2020年東京オリンピックを背景に、女性アスリートの身体と心理をリアルに追っかけると。水泳競技者らしい立派な筋肉質の肉体をしていながら傷つきやすい心を持ち、周囲と関わり東京を彷徨い歩くヒロインが魅力的でした。

で、そのあと京都に移動し、京都エクスペリメントのイベントで『Apollon』Florentina Holzinger の上映。(と、あとちょっとだけFlorentinaのZOOMインタビュー)。京都エクスペリメントは折角前年の秋を今年の春まで延長したのに、やっぱりコロナ禍続いて海外の演者を招べない状況になっちゃったな。上映というかたちが多く残念です。

しかしこの演目、実際目の前で演じられてたらちょっとキツかったかも・・。わたしはいつも(可能なら)最前列で見ることにしているので、いろんなものが降りかかってきたり、演じられるあれこれがもろにこちらの身体に襲いかかってきたりで、耐えるのが大変だっただろう。ギリシャ神話を題材にとったバランシンのバレエというハイアートと俗悪な大道藝をくっつけたり、殊に痛いやつ汚いやつ見ててたまらなくなるやつを敢えて見せつけたり、太陽神アポロという男神の中の男神を、立派な乳房と堂々たる筋肉質の肉体を併せ持つ女神が演じ、それに従う美神ミューズらもやっぱり筋骨隆々で凄い身体能力を誇示し、fatherをmotherと言い換え、bullをcowと言い換えたりのフェミニスト藝だったり、思想そのものを言ってしまえばマルキ・ド・サドやアントナン・アルトーの昔から変わっていないのだろうけど、これをいろんなモチーフを駆使しながら実現し現前するところが、まあ、凄いというか・・。「あ、それやっちゃうわけ?」と観客みなを顰蹙させながら、やっぱり「やってしまう」、「そこまでやる?」と思わせることを「そこまでやり切ってしまう」という過激さが素晴らしかったです。それでも(それこそが、か?)また美しかったし・・。

京都エクスペリメント、最初に見た(これも実演でなく記録映像で残念だったけど)Dana Michel の『Mercurial George』『 Lay them all down』は、昨日のとは対照的に、すごく繊細で親密な雰囲気を漂わせたパフォーマンスだったし(と、言葉にするとやはり足りない)、それぞれの実践に味わいがあり、どれも見ていて飽きないです。

あとちゃんと実演のある演目もあるので、せいぜい通いたいです。

スモールワールド

2月3月は例年暇だけど今年は(昨年と同じく)やっぱりコロナ禍もあって見通しつかず不安。10万円の一律給付も持続化給付金も二度目三度目が必要だと思うのに、逆に消費税値上げとか搾り取ることしか考えてない政府ってなんなん?女性差別に次いで腐敗の構造など呆れ果てたニュースが次々と飛び込んでくる。こんな自民党政権を支持し続ける人ってどういう人たちなん?自分たちは殺されてもこんな悪党どもをのさばらせておくのん???

・・とか書き始めるとまた怒りで終わってしまう。楽しい話をしようと思ったのに。

そう、楽しい話をしよう。コロナ禍で唯一良かったと思うのは散歩の癖がついたこと。近所だけでなく外出先でも歩ける道は歩いてみる。加えて、旧友たちと始めたLINEグループが面白くてためになって、特に植物とか鳥とかこれまであまり知らなかったものへの目が開かれた。散歩のたびごとにiPhoneで撮りまくってインスタにやたらめったら投稿するようになったもんな。

で、2月の半ばにはもう鶯がホーホケキョと鳴いてるのを聞く。大阪城梅園には二度も行って梅の花をたくさん見る。ついでに目白も見る。鴨川沿では河津桜だと教えてもらったが気の早い桜が咲いてるのも見たし、大阪市内では気の早いミモザの花も見た。水仙、馬酔木、名残の山茶花や椿・・。だんだん春が近づいてくる。日差しはとっくに春だもんな。日も長くなってきたし・・。

昨日はあいにく雨空〜曇り空だったけど、2月いっぱいで終わるのもあるってことで、京都岡崎までいろんな展覧会見に行ってきました。近代美術館「分離派建築会100年 建築は芸術か?」みやこめっせイッツ・ア・スモールワールド」京セラ美術館「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)1989–2019」「荒木優光:わたしとゾンビ」。先週同じく近代美術館で見た「ピクチャレスク・ジャパン」の上映会も含めどこか繋がってるな。

「ピクチャレスク・ジャパン」は英国映画協会がコレクションしてる明治期の日本を撮ったフィルムの上映会。しかもピアノ演奏付き! 当時の日本の様子が見えてすごく興味深いのだけど、これらのフィルムが欧米で娯楽映画として結構好んで見られていたというのがまた興味深い。明らかに演出された日本もあったしな。またアイヌを映したフィルムもあったのだけど場所も人々も特定できるそうだ。折からNHKで放映したドキュメンタリーでは、かつてアイヌの墓から東大の学者らが死者たちの体を盗掘し研究の対象にし!しかもそれを返還していない(今となっては引き取り側も返還を要求するのが難しい)という話をやってた。あからさまにイッツ・ア・スモールワールド」のテーマとかぶる。アイヌもさまざまな先住民族や土着文化と並んで好んで消費の対象となったらしいし(英国国王とのやりとりにとりわけびっくり)。それは今日まで続くディズニーランドのアトラクションもそうだけど、万国博覧会とか動物園とかで非・西洋世界のあらゆる人々(西洋世界の中での辺境の文化も含め)がエキゾチックな魅力を持つ「野蛮」として好奇の対象となり展示され(見られる対象となり)消費されていた。というか、今でもそうだけど。もちろんそのうち見られる側もそれを商売にして強かに生き延びていく人々が出てきて・・今の観光産業につながっているのだけど。

基本的にこういう「見る側と見られる側」「中心と周縁」の非対称な関係があるのはなにごとにおいても押さえておかないといけない。分離派建築会の人たちが「建築は藝術」だとして真摯に取り組んだこと、平成の藝術家たち(アーティストら?)(主に集団)がいろんな面白い試みをしたこと、どれもワクワクする、目・耳・心を驚かされる素敵な解に溢れている・・。

無声映画もいっちょ

神戸のクラコメ映画祭ではもいっちょ特筆すべきがあったね。ちょうど『Mank マンク』の公開(Netflixでなく劇場で見た)に合わせて、マリオン・デイヴィス主演の『活動役者』Show People (1928)も楽しかった!マリオンの一般的評価は新聞王ランドルフ・ハーストの愛人というだけで主役映画バンバン撮ってコケた大根役者とか何やら怪しい殺人事件にも関わっていたとかあんまり良くない噂で語られるのが常だけど、これを見ると、ラブコメ女優として最高ではありませんか!百面相のシーンとか可愛い可愛い・・(というか無声時代の俳優はこれぐらい演技できて当然というべきか?)
映画業界内幕ものとあって、監督のキング・ヴィダー自身まで最後に出てきたり、字幕でわかるジョン・ギルバートやチャーリー・チャップリンダグラス・フェアバンクス以外にも有名どころがいっぱいいたに違いない。(詳しくない私が悔しい)。ゴシップおばさんのルエラ・パーソンズはわかったぞ。
『Mank マンク』Mank (2020)の方の評価は褒貶さまざまらしいけど、(より有名な?)弟のジョゼフの方でなく兄のハーマン・マンキヴィッツのキャリア随一の名作『市民ケーン』の出自の怪しいエピソードを、いかにも怪しく美しい白黒映像とやっぱり怪しいゲーリー・オールドマンと妖しいアマンダ・セイフライドで描いてみせた、デヴィッド・フィンチャーの名人藝ということでよろしいんじゃないでしょうか? 

無声映画とか

impeachとかimpeachmentとかいう英単語初めて使われてるとこ見た気がするな。つくづく勉強になる大統領じゃ・・。ちなみに「弾劾」の方は漢字が書けない高校生も多い。いや社会科で習ったことをちゃんと覚えてれば書けるはずなんだけどね。

20:00過ぎるとしーんとなる飲み屋街、今日昼間通りかかると昼飲みの人たちでいっぱい。もちろんマスクなどしてない。ええんか? ジムも20:00までになったけど、普通に昼間のお風呂や更衣室、マスクなしで裸のお付き合いするジム仲間でいっぱいやしね。リモート仕事が続いてるという知人もいるけど、満員電車で仕事へ行く人の方が多いだろう。割食ってるのは夜以降が本番になるライブとかイベントとかレイトショーのできない映画館とか・・この緊急事態のありようはこれでちゃんと効果が出るのだろうか? ワクチンとか検査と隔離をしっかりやるとか減らす方向性のないまま、変異株ウィルスとか増やす方の圧力が大きいと欧米並みに広がるのを待つばかりになってしまうのではないか? そしてその前に、割食った人々の生活保障はどうなる?

  *

楽しい映画の話をしよう。ちょうど先週の週末。神戸クラシックコメディ映画祭。昔の無声映画に(「夢精映画」とか変換すな!そもそもなんでそんな語彙がわたしのパソコンの変換に最初に出てくるんや?しかも〜映画に続けてなお)ピアノの伴奏つけて(プログラムによっては弁士もつけて)楽しむ映画祭。
今回はチャーリー・バウアーズCharley Bowers/ Charles R. Bowersという初めて見るけど心底驚嘆した凄い監督含め、レアものを中心に見た。このチャーリーくん、IMDbを見ると6歳の時にサーカスに拐かされ綱渡り芸人になり・・とかびっくり経歴書いてあったんだけど、あとでよくよく いいをじゅんこさんの解説思い出すと、この人のホラ吹き癖なのかな?ホントの経歴はよくわからないとかいうことだった。漫画映画の(cartoonの訳語って決定的な語あるんやろか?漫画アニメ?)" Mutt and Jeff "も暴力的なまでの風刺・政治性を素っとぼけた可笑しみにくるんだ独特の面白さ(とか言葉で言うても伝わらないんやけど)、ご本人が主演する実写ものもシュールでナンセンスでサスペンスな魅力がいっぱい。あと激レアものでは、本物の象使って俳優たちと絡ませるわハリウッド大通りを疾走させるわセットをぶっ壊すわの『象つき遺産』An Elephant on His Hands(1920/33分/サイレント/16mm)とか凄かったな。
会場の神戸映画資料館、時間を間違えて行ったりで今回はゆっくり昼食を楽しんだり(1日目は地元で有名なインド料理屋さん、2日目は当てずっぽに入った洋食出す喫茶店・・どちらも水準高かった!)付近を散歩したりもしました。長田は震災で大きな被害を受けているけれど、復興した街で生きている人々の地道で心豊かな暮らしがしっかり感じられる。この時に歩いた六間道の商店街、その1週間後ぐらい(つまりは昨日)に見た若手の映画『メカニカル・テレパシー』五十嵐皓子 に出てきてなんだか嬉しかったです。
ピアノ伴奏付きの無声映画、よくよく探せば関西一円いろんなところでやってるようなので、キートンもロイドもチャップリンも、あるいはシリアスな劇映画の無声映画も、有名どころは見ているけど何度でも面白いし、伴奏もその都度その都度楽しめるということで、これからもしばしば通おう。憧れの旧グッゲンハイム邸、何度も行きたいと心惹かれるイベントやライブがあって、何度も行きそびれているので、いっぺん行きたいしね。『スパイの妻』で見て知らんとことは思えなかった(なんだかずっと行ってない親戚の人の家を使ってるような気がしてた)。

二度目の緊急事態宣言下でやっぱり映画

また感染が拡大していて緊急事態宣言ということに・・。しかし昨年春の最初の宣言のときよりも遥かに事態は深刻なのに、緊張度が相当ちがうこと!大阪の場合、それまでも飲食店など21:00まで縛りがあって多くの店がそれに従っていたため、それが20:00になっただけといふ・・。仕事の方も最初の時は全部キャンセルかリモートになったけど、いまは受験前の一番追い込み時期にそんなことしてられない!ってんで仕事は続いてます。共通テストも中学受験も取りやめにはならないしね。受験生たち、頑張ってください・・。
映画館が20:00までになる。ライブやイベントも取りやめや延期が相次いでいる。また少し不自由になり楽しみがなくなるな。それより映画館やライブハウス、大変だ。もちろん飲食店大変だ・・。
わたしの場合はすぐに経済的ピンチは来ないけれど(しかしこの春以降どっと影響が降って来るような気がする。今年生き延びていけるだろうか?)、これでまた困る人たちがいっぱい出てくるだろう。どうするつもり?補償とか保障の話がまるで出て来ず、まず罰則の話が出てくる、このいまの政府の酷さでは・・そいでまだオリンピックやるとか言うてるし・・。WHOが今年中は終熄無理みたいな声明出してたね。2020年は稀に見るひどい年でしたが、そのコロナの年は2021年もまるまる続くか・・マスクを外して外出できるのは・・いつの日になることやら・・。
と、この話をし始めるとやっぱり暗くなる。
楽しい話をしよう。なんだか下書きだけで放っておいたネタいくつか・・。

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いつかの、ともやくんが別のともやくんになってびっくり・・云々は『私をくいとめて』ですが、女の妄想ものを描かせて大九明子の右に出る人はいないな。(そいえば『甘いお酒でうがい』もそうだった)。その底抜けの明るさ大胆さ楽天性がよく出てた(逆に原作自体がそうなんだろけど現実のキツさの要素がちと甘い)。のんもいい女優だな。彼女もここまで生き残ってほんまに良かったと思う・・。業界の理不尽で干されてそれでも『この世界の片隅に』のすずさんの声は絶対彼女でなければ・・あたりからまた復活しだしたか・・コロナ禍にあっては岩井俊二の『8日で死んだ怪獣の12日の物語』劇場版でもいい味出してたし、大友良英Sachiko Mとのユニット「のんとも。M」の音楽も良いし・・。それでもまだかつての芸名が使えない故に久々の共演で橋本愛と対談しても『あまちゃん』の話ができないみたいな理不尽な事態があるらしい・・どういうの??
あと『私をくいとめて』の中に出てくるローマ。昨年のクリスマス正月あたりはまだイタリアに新型コロナは来てなかったな・・とそのことを嫌でも思い出した。実際には映画の制作期間はもろにコロナ禍に被っていたわけだから、日本の撮影チームはイタリア入りできず、ローマの街の実写部分は現地スタッフに撮ってもらいあとで繋ぎあわせたり合成したりしたらしい。そういう意味でもコロナ禍のなかの映画ということになったか・・。

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こうやって一つ一つの映画について書き出すとおしゃべりのようで止まらない。こういうのは本来ツイッターで呟くようなネタかもしれない。

『ビルとテッドの時空旅行 音楽で世界を救え!』Bill & Ted Face the Music(2020)「ビルとテッド」のシリーズはまぁお馬鹿映画の系統で最新作もその系統をしっかり受け継いでいて、ただただ楽しい。dudeという(学校英語ではぜったい教えない)言葉の意味と使い方を知ったのもこのシリーズやな。娘たちも受け継いでるその喋り方って、お馬鹿な白人たちの言葉遣いなんだろうか?キアヌの娘役の子がめちゃ可愛い(キアヌのモノマネなんかもしちゃって)のだが彼女らがリスペクトするのがジミヘンだったりサッチモだったり先端理論物理学を完璧に理解しているらしい登場人物だったりするのは、(飛躍するけど)この層からのBLMへの共感と繋がってるのかもしれないね。

先日書いた「ともやくん」は中村倫也のことでしたが、わたし特にこの人のファンでもなかったのに、声を覚えていたのにはわたし自身がびっくり。この人っていい声だったのね。
声っていつの間にか意識せずに覚えるのね。映画などで見ているときはまず視覚的情報が一番印象に残るけど、ちゃんと聴覚的記憶も残っているわけだ。(もちろん「この声好きだな〜」の印象から入って意識的に記憶している人もいます。志賀廣太郎がそうだった。亡くなって本当に残念!海外ではJohn C. Reilly とか。二人とも視覚的印象では〇〇であることはただの偶然?)
テレビでドキュメンタリー番組などやってて、あれ、これ、誰某(だれそれ)の声かな?とわかったりする(間違うこともあるが)。海外のアニメ作品でも声を有名俳優がやってたりする場合、あれ、これ、聞いたことある声だ、誰だったかな?とわかったりする(最後の最後まで分からずクレジット見て初めて気づいて悔しい思いをすることもある)。

声は人の魅力の重要な要素です。実生活でも、声の素敵な人にはまず惚れるもんな。(だからと言って声が悪い人がまるきりダメというわけではないが・・声自体は悪声でも魅力のある語り方をする人はいるしね。美声ばかりが良いわけでもないし。)
歌手の声はもちろんのもちろんで、ビートルズとかはっぴーえんどとか、誰に教えてもらわなくても、ファンはみんな昔からこの曲は誰が歌ってるってわかってたもんな。

人を夢中にさせる声、美声、悪声だけどなんともいえない魅力のある声、ちょっと引っ掛かりがあってそこが魅力的な声。・・いろいろあるもんです。