稍ゝおも

ややおもしろく、ややおもたく、jajaのJa,Ja,おもうこと

水映画2題

『第三夫人と髪飾り』The Third Wife Dir: Ash Mayfair

crest-inter.co.jpこの映画のロケ地となったニンビン省チャンアンTràng An, Trường Yên, Hoa Lư, Ninh Bìnhには残念ながら行ったことないのだけど、ヴェトナムはホーチミンハノイ、フエ、ホイアン、ダナンと、その近郊など何回か旅行していて、ハノイ近郊のツアーなどで、これに近い光景は目にしたかな。この国のどこへ行っても水のある風景があり「ヴェトナムは水の国」と実感した。水上人形劇なんて伝統芸能もあるしね。その「水」がヴェトナムの豊かさの源になっているんだろうし、人びとの心性や風俗にも影響しているのかもしれない。
この映画も最初のシーンからラストシーンに至るまで、「水」だらけ。水は女たちの運命を映し、生活のなかでふんだんに使われ、過去から未来へ向けて流れ、登場人物らの深層の心も、表情も、たたずまいをも映し出し・・・。
美しい作品でした。第一夫人を演じたトラン・ヌー・イエン・ケーTrần Nữ Yên Khê はトラン・アン・ユンTrần Anh Hùngの映画に出てるときと変わらない凛とした美しさ、第二夫人のマヤ Mai Thu Hường (Maya) もゾッとするほど美しいし、タイトルロールの第三夫人を演じたグエン・フオン・トラ・マイ Nguyễn Phương Trà My のまだ稚い下膨れの顔はいかにも初心(うぶ)でいたいけでナイーヴ(本来の意味の)で・・。彼女がお嫁入りする家に入ったとき最初にずらり勢ぞろいする家族、そして婚礼パーティーの席で人物らの位置関係が示される。第二夫人の二番目の娘の大きな目がものすごく印象的で、この子が映し出されたとき、この人物の重要性がハッキリ示される。・・実際に。ネタバレしませんがラストシーンの鮮やかさをご覧あれ!しかしその大きな目が、第三夫人の産んだ赤ちゃんの大きな目にも通じているところが・・。
未成年者相手の性愛が描かれているということでヒロインを演じた子や家族への誹謗中傷にも発展し本国ヴェトナムでは上映中止になってしまったんだそうですが、残念です。幼児ポルノは最後に残されたタブーだけに、映画でも美術全般でもこれからいろいろ問題になるんだろうなぁ・・。(例えばイリナ・イオネスコIrina Ionescoの写真とかわたし結構好きなんだけどその作品も、その娘Eva Ionescoがその母を告発するように撮った映画も、向後は見られなくなるような流れなんだろうか・・? 『ブリキの太鼓』Die Blechtrommel Dir: Volker Schlöndorff(原作はもちろんGünter Grass)もあかんということでしたっけ?)(追記:映画好き仲間に教えてもらったところ『ブリキの太鼓』はカナダでNG、アメリカではOKということでした。)

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『聖なる泉の少女』ნამე; Namme Dir: Zaza Khalvashi 

namme-film.com

en.wikipedia.org『第三夫人〜』のヴェトナムの水がぬるく柔らかくきっといろんな栄養分も混じりものも含んでいて豊かで温かく、だからこそ人をまきこんで恐ろしいのに対して、こちら、ジョージアの氷と水は手が切れるように冷たく(きっと)純度が高く、人を魅了し聖別しつつ拒絶する。素手で水に触ったり作業をしたりするシーンはこちらの手が赤く切れてしまいそうに凍える冷たさが伝わってくる。その水(泉と湖)と氷と雪のイメージ、魚、火、樹、森、家・・・ああタルコフスキームルナウだと騒いでしまう我が心に、はしたないからちっとは黙りなさいと言ってやりたくなりますが・・。
こちらの少女もゾッとするほど美しく、青白い刃物のように鋭い。何やらイヌ科の猛獣を思わせるような目や鼻の表情がその意固地さと純粋さとを雄弁に語り・・。
そもそもジョージアという国(グルジアとロシア語っぽく言う方が個人的にはぴったりくるが)、セルゲイ・パラジャーノフ Սարգիս Հովսեպի Պարաջանյան, Sargis Hovsepi Parajanyan、オタール・イオセリアーニ ოთარ იოსელიანი, Otar Iosseliani、テンギズ・アブラゼ თენგიზ აბულაძე, Tengiz Abuladze、と名匠揃いの映画大国。どの映画が切り取る自然も街や村のたたずまいも美しいし、民謡や音楽の宝庫でもある。
大阪では今シネ・ヌーヴォでやってるジョージア映画祭(首都圏ではもっと前にやったらしいけど)、傑作揃いです。既に見たやつは別として、見てないやつをできる限り見に行こうとするのだが、なかなか全部は見られないのが残念。